発達障害だからと言って悲惨なわけじゃない

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メルマガや前回のブログでカミングアウトをしましたが、かなりの反響でびっくりしました。

というか私を知っている方は「多分、何か持っているなあ」「人とは違ったところがあるんじゃないか」とうすうす感じていたんじゃないかなと思います。

私が思うに、発達障害というのはかなり自我親和性が強いところがあります。

自我親和性とは簡単に言えば「自分に結構なじみがある」ということ。

もちろん、高校生や大学生のころは、「自分はなんでこうなんだ」と思うことがありましたが、大人になってくると「これが自分なんだ」と受け入れるようになってきます。

一つ一つが自分なんだということを実感します。

結局、「自分はこれでいいか」というところに落ち着きます。

「自分は発達障害」と書くと、それはそれで「かわいそうな人」という印象を与えてしまうけど、当事者本人としてはそんなことはありません。

生まれつき足が不自由な人、生まれつき目が見えない人、耳が聞こえない人がその人なりに頑張って自分らしく生きていこうと頑張っているのと同じところがあります。

ただ、発達障害の特徴はなかなか特性が人に理解されない。

この辺りが本当につらいところです・・・。

特に私の場合は医師に診断してもらったわけではなく、自分で勉強する中でその傾向を当てはめたらストンと腑に落ちたというところが強いです。

そして発達障害の子どもや大人と関わる中で、自分自身を振り返っていき、「やはり、そういった傾向を強く持っているなあ」と思った次第です。

そして、こここからが一番大切なところは、「自分なりに周りに感謝しながら頑張ることで、発達障害の人も成長できる」ということ。

それなりに工夫したり、自己分析を重ねて「こういう状況は自分には合わないな」ということを自覚することで、自ずと自分に合ったやり方を見つけていくことができます。

結論を言えば、「適切に頑張って改善することで、自分を変えることができる」ということです。

発達障害というのは

例えば、

車でいえばアクセルとブレーキ、ハンドルが他の車よりも若干操作が難しいところがあります。

利きが悪いというか、逆に少し踏んだだけでスピードが出すぎてしまうというか、思いっきり力を入れないとハンドルが回らないというか、他の車よりも扱いが難しい車という感じです。

だからこそ、その車を丁寧に知ること、ゆっくり時間をかけてその車の運転方法を学んでいく必要があります。

当然、扱いが難しい車を運転しているのですから、普通に見れば下手な運転をしているように見えるでしょう。

しかし、何度も練習をしている内に、だんだんと上手になっていきます。

発達障害の人が上手に生きる過程には、こうした扱いの難しい自分をどう上手に乗りこなしていくかという工夫と改善が必要なのだと思います。

後は、「それだけ難しい車なんだから仕方がないよね」と言ってくれる理解者がいてくれると安心します。

それだけで頑張ろうと思います。

いろいろ脱線してしまいしたが、私が言いたかったことは発達障害だからこそ、いろんな景色が見れるし、人とは違った経験ができます。

別に悲惨なわけじゃないよ、ということが言いたいのです。

また、発達障害に関する情報や私なりの工夫は、ブログやメルマガでお伝えしたいと思います。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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